高齢になって少しずつ変化していく母を見て感じる切なさと希望

エッセイ

自由気ままに生きるブロガー・フリーライター・エッセイストのYUMI@youmei81)です。




母は高齢者の年齢となった。コロナのワクチン接種も、医療従事者の次。まだ自治体としては何も決まってないとはいえ、主治医に接種していいものか聞いたり、家族としては色々と準備をしなくてはならないことも増えた。

マイナンバーカードを作ったことでだいぶ楽にはなったが、確定申告の度に増えていく医療費の領収書と格闘する時間が増えたことによって、母が年を重ねたんだな、ということを嫌でも気づかされる。

朝になると、眉間に皺を寄せてベッドから起き上がる回数も増えた。ご機嫌ハッピーな笑顔でいてくれることが家族の喜びであるが、時折それを感じないこともある。しばらくして体が動いてくると眉間の皺も緩んでくるから、おそらく朝は体が痛いのだろう。我慢強いのか私に心配させないようにするためか、痛みについては言わない。しかし家族としては、眉間の皺のほうがストレスになる。時にはこっちも機嫌が悪い日があるから、「どっか痛いなら言えよ!」と悪態もつきたくなる。

家族というのは何も言わなくても心から分かり合える。しかし甘えがある分、時には一番ストレス要因にもなるものだ。



先日、林真理子作品について少し書いたが、私の好きな「中島ハルコ シリーズ」に主人公である豪快で自信満々の女性経営者、中島ハルコが「親」について語る話がある。

「あのね、親っていうのは娘が35歳ぐらいまでは必至で結婚させようとするのよ。でもそれも親のエゴイズムよね、自分のうちの娘が嫁き遅れた、って言われたくないの。だけど娘が三十五過ぎるとある程度諦めも出てくる。そして自分の体も弱ってくる、するとね、一人ぐらい家の残してめんどうをみてもらうのもいいかなって思い始めるのよね」
中島ハルコの恋愛相談

このセリフを読んだ時、あまりにも思い当たることがあり、思わずニヤリとしてしまった。

もう15年ぐらい前。母は「私が死んだあと、あなたが一人になったら、どうするのかと思って、、、」と言い出した。当時は私が30代半ばだったから、「まぁ、どうにかなるよ」と適当にあしらっていた。母も当時は体もまだいうことを聞いていたから、自分のことより私のことを心配して「早く相手を見つけなさい」ということを言われたものだ。

2年半ほど前から、お付き合いをしている人がいる。外国人で、海外に住んでいて、将来は私と日本で暮らす予定にしている。彼の国は日本よりもうんと定年が早いし、定年後の年金も割といい。退職金は、聞いたところによると日本の3~4倍。

外国人だから、文化も言葉も違う。きっとこの先、こまかな問題はあるだろうとは思いつつ、紹介したら、母は安心して喜んでくれるだろうと思っていた。あれだけ散々、「相手を見つけろ!」と口を酸っぱくして言っていたのだから。

お付き合いを1年ほど過ぎたころに、彼が日本に来たので、母に会わせることにした。きっと喜んでくれるだろう、という期待があったのだ。もちろん喜んでくれた。「良かったわ」と言ってくれた。が、それはうわべの言葉だと娘の直感が働いたのだ。

そのあとから彼の話をすると、なんとなくご機嫌斜めになったり、話を逸らすようになった。聞いているのか聞いていないのか、テレビを見ているふりをして違う話をする。

最初は、彼を気に入らなかったのか、と思った。
しかし、条件はほぼパーフェクトに満たしている。私を大事にしてくれるし、私に対してのお金の使いっぷりもいい。将来は安定しているし、彼の両親はすでに他界しているから、嫁姑問題は起こらない。しかも彼は、定年後は日本で暮らす予定にしている。定年が早いから、定年後から日本で暮らしたって、十分にまだ若い。

そんなころ、「中島ハルコ」シリーズを読んで「そういうことだったか!」と気が付いた。
母は、私にパートナーができたことに喜びを感じつつ、自分の将来に対して一抹の不安と寂しさを感じているのだ。

年を重ねて、だいぶ体が弱ってきた。
関節炎、腰痛、胃の痛み、心臓、甲状腺。
色んな症状が体に出てきて、薬の種類も増えている。体はきっと自由には動かない。彼女の理想通りには動かないのだろう。彼女曰く、「自分が情けなくなる」と。

私から見たら、ずいぶんと頑張っている。はっきり言えば、私は子供の頃から体力も持久力もなかったから、そこから比べれば、ずいぶんと体が動いているほうだ。

C型肝炎を患っていたころは、とにかく体の自由が利かなかった。体と思考のバランスが悪いと、いらいらする。しかし受け入れるしかない。それはわかっていても、「自分はC型肝炎だから、疲れやすくて仕方がない」と割り切ることも、敗北感になった。

だから気持ちはなんとなくわかる。わかっていても、高齢だと割り切ることも難しい。適応能力も低くなっているのだろう。しかし私はまだ40代だから、更年期が始まったとはいえ、高齢になった母の体の疲れは理解はできない。

人生は一度きり。”一度しか生きないから一生と書く”と、哲人の中村天風さんの本に書いてあったが、その意味が最近になってようやくわかるようになった。自分が経験したことしかわからない。人間は、自分がその年になって経験しなければ、本当の思いは決してわからない。そして生まれ変わっても、それを記憶し続けて生きることはできないのだ。

母は、私にはずっとそばにいてほしいと思う反面、自分がいなくなった将来も不安になる。はじめは、自分がいなくなった後に娘はどうするんだ、、、という不安の方が大きかったに違いない。しかし昨年あたりから、母の心の中で、”自分が一人になる”という不安のほうが大きくなっているのを感じる。面倒を見てほしいと思っているわけではないのだろう。パートナーと幸せになってほしいと思う気持ちも本心、ずっとそばにいてほしいと思う気持ちも本心。2つの本心の間で、年を重ねるという大きな不安や怖れと闘い続けているのかもしれない。

年を重ねた人たちの気持ちを完全に理解するのは難しい。本人も自分が年を取っていることを頭では理解しつつ「まだまだ」と思いたい気持ちも強いし、残りの人生のことを考えれば、日々不安と怖れが心の片隅に固定されたオブジェのように存在しているのだろうと想像する。高齢といわれる年齢になれば、誰でも死を意識し始めるものだろう。死を考えれば、恐怖しかない。だれも「死とはこういうモノだよ」と経験談として語ってくれる人は存在しないからだ。

天国に行くという人もいるけれど、本当にそんな世界があるのかもわからない。魂になると言われたって、魂になったことがないからわからない。そんな不確かなものが、やがてやってくるであろう死への怖れを払しょくしてくれるわけがないのだ。

母が高齢になっても楽しめて、体の痛みを忘れられることは何であろうと考えた。



結論は1つだ。
お金・・・

結局人間に必要なものは3つだけ。
健康と愛情とお金。

健康は年を重ねれば、受け入れるしかない。向き合うしかないのだ。
愛情は、高齢者であればどちらかが先に逝っている可能性も高い。母の場合は、とりあえず私がいる。高齢になった独特の寂しさがあると聞くが、それは誰にも埋められるものではないはずだ。

であれば、やはりお金。お金があれば、とりあえず何とかなる。運転手を雇えるお金があれば、自由にどこでも行ける。食事を作るのが面倒になれば、近所に行きつけの小料理屋でも作っておけばいい。最近は、ケータリングという手もある。
何よりお金があれば、金持ちの友人が増えるから、目先の変わる面白いことがたくさんできる。

やっぱりお金よね!

品のない言い方をすれば、こういうこと。つまり、この先の日本で高齢者が楽しく生きるための希望は、豊かな経済力なのだ。

我が母は、子育てには成功したほうだろう。自画自賛になるが、学生時代も成績優秀、とりあえずまじめに仕事をし家のこともそこそこやる。親には一切口答えしない。そういう風に育ててもらったが、残念ながらお金儲けの才能はなかったらしい。頑張ってもそこそこだ。もうちょっと器用になりたいと思うが性格なのだろう。なかなかうまくいかないもの。もう1人、2人、子供を作っておけば、お金儲けのうまい兄弟でもいたのかもしれないが、私はオンリーチャイルド(一人っ子)だ。

母ができることも少しずつ減ってきている中で、年々私の負担が少しずつ増していくことも予想できる。しかし母が年を重ねれば、当然私も年を重ねる。

いよいよ老々介護の現実がやってくる日を、考えておかなくてはいけないのかもしれない。

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About me

YUMI /ブロガー・エッセイスト

コロナ前は、海外ロケコーディネーターでした。日本国内と海外を、1年中飛び回って生活しており、非常に多忙な毎日でした。しかしコロナによって、生き方を変えようと考えるようになり、いまはブログの執筆で生活をしています。旅行が好き。コロナ終息後には、プライベートツアーガイドとして活動したいと思っています。将来は外国人観光客のためのゲストハウスを作るのが夢。

Twitter @youmei81

 

 

 

 

 

 

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