執筆者プロフィール

多興味な40代ブロガー&執筆家やうめい(@yumilou0321)の日記へようこそ。

少し自己紹介しますね!

コロナ前は、日本国内や海外を、1年中飛び回って生活していました。仕事が海外がメインだったのです。しかしコロナで一切の仕事ができなくなりました。当然、英語を話す機会も減ります。。。。

AD

最初は違うブログだった!ブログを書き始めた経緯

書き慣れていなかったこともあって、書き始めた当初は何を書いたらいいのかもわからず、自分の周りのことばかり、ぼそぼそとつぶやくように書いておりました。

2018年4月に19年間闘ってきたC型肝炎の治療をするために入院したことがきっかけで、ブログを書くことに目覚めました。

2020年3月から、コロナで海外渡航ができず、全く仕事ができなくなりました。何をやったらいいのか呆然とする日々。そんな中で、副業として細々とやっていた占いと執筆に本腰を入れるようになり、何とか生きてゆけるようになりました。

しかし日本にいる時間が長くなると、どうしても英語を話す機会が減り、言語力が明らかに落ちていきました。これはまずい!と思い、なんとか英語に触れようと海外ドラマを見たりしますが、なかなか耳が英語耳になってゆきません。

そこで、多言語学習に挑戦することにしました。今までやりたくてもなかなかできなかった広東語と大学時代に第二外国語で学んでいたフランス語の同時学習です。単語やフレーズを英語と対応させながら学んでいけば、英語の学習も同時にできると考えたのです。

AD

ちょっとだけ経歴&本ブログについて

年齢非公開。現在、静岡県在住ですが、コロナ前は東京と名古屋に住んでおりました。東京生まれ東京育ち。

生まれた時のこと

先天性の心臓病(心室中隔欠損症)で生まれました。今でこそ、手術をすれば完治する病ですが、当時は手術をしても助かる確率は50%でした。
生後10か月。手術によって完治はしたものの、手術中に輸血をしたことから、C型肝炎に感染しました。

自分がC型肝炎だとわかったのは、手術から26年たった時。
当時勤めていた職場の健康診断でC型肝炎だと診断され、そこから完治するまで19年間の病との戦いが始まります。

社会人としての経歴

1996年に大学を卒業し、はじめはテレビ番組の制作会社に入社。ADとして働き始めましたが、体力がついてゆかず、3か月で退職します。
今考えれば当然です。その当時は、C型肝炎という病は認められていませんでしたが、すでにC型肝炎に感染していたわけですし、完治したとはいえ、心臓が強いわけではありません。ほとんど徹夜状態の続くテレビ番組のADの仕事が続くわけはありませんでした。

しかし、たった3か月で辞めたということが自分の中の罪悪感となり、その後はなかなか正社員として働く機会を得ることができずにいたのです。

1996年の夏から広告代理店にアルバイトで入社し、約1年後にその会社で契約社員となります。

1999年に大学職員になります。
大学の職員向けの健康診断でC型肝炎だということがわかり、病気との戦いが始まるのです。しかし、C型肝炎だということが、いつの間にか職場で知られることとなり、差別を受け、精神的に参ってしまいました。

母は、そんな私の姿を見ていて居た堪れなくなったらしく、香港への旅行を計画してくれました。

その香港旅行で現在のパートナーと出会います。2000年2月のことです。
実際に交際を始めるのは、それから19年も後のことなのですが、C型肝炎になっていなければ、パートナーには出会っていないかもしれないのです。

その後、WEBデザイナーとしてフリーランス→広告代理店勤務を経て、2007年に芸能事務所、海外ロケコーディネーター、占いコンテンツ事業で起業します。

2020年3月。コロナの影響を受け、仕事が全くできなくなったことから、副業として細々とやっていた占いに本腰を入れるようになりました。ライターとしての活動もしています。
ブログも再開し、日々の言語学習をネタに毎日執筆しようと努力中です(笑)

2020年のコロナ禍で本格的に始めた占いとブログ

2020年。新型コロナ肺炎の流行は私の人生のすべてをひっくり返さなければならないような出来事でした。海外に行けないとなると、全く仕事にならない!お金にならない!生活ができない!
いろいろと悩んだ結果、副業として細々とやっていた占いを本業にすることを決意しました。占いは老後に生きていくためにやっていこうと、少しずつ勉強を重ねていたのですが、老後の計画前倒しで、占い師としての生活をスタート。とはいえコロナ禍で対面鑑定は一切できず、電話占いも苦手なため、メール鑑定だけで占いを始めました。
占術は、四柱推命、易。そして宇宙の法則を研究中です。

緊急事態宣言でステイホーム!となったため、占い需要は急上昇するだろうと思いました。その読みはばっちり当たり、何とか生活できるようになりました。

コロナが終息したのちには、プライベートガイドとしても活動をし、将来は外国人向けのゲストハウスをしたいと思っています。

このブログでは、メインは「多言語学習」ですが、過去にも書いていた記事があるので、色々なことを書いています。特にC型肝炎治療については、私の人生の記録のようなものなので、このまま残しておくつもりです。

ヤウメイはこんな人

名前 ヤウメイ
職業 基本的に自由人。多興味ブロガー
占い、スピリチュアル研究者。ライター、エッセイスト。
資格 旅行業務取扱管理者
趣味 歌うこと、海外ドラマを見ること、写真を撮ること、料理
占い(四柱推命・易・風水・オラクルカード、スピリチュアル)、歩くこと
特技 一度通った道は忘れない、執筆、旅行のプランニング
性格 正義感が強い、隠し事が嫌い、自己解放できていないけれど自己解放したい、典型的なB型&双子座
AD

C型肝炎のこと

1999年10月、職場の健康診断にて、C型肝炎だとわかり、そこから19年間の病との戦いが始まりました。

感染の経緯

ジェノタイプは1b。
マヴィレット治療前は、HCV定量が平均6.6。

先天性の心臓病(心室中隔欠損症)のため、生後10か月に手術。その際の輸血で、当時は「非A型非B型」、つまりC型肝炎に感染。20代になって職場の健康診断で、HCV陽性の反応が出る。
慢性肝炎。ALT,ASTも正常値範囲内。ただ、総ビルビリンだけ正常値オーバー。

C型肝炎・マヴィレット治療をしてみて・・・

C型肝炎の治療が終わってみて思うことは、この過去3年間ぐらいの間、じわりじわりとC型肝炎が進行していたように思います。疲れやすい、肌が日焼けしたような状態、頻繁に起こる頭痛、肌の痒み、、、など。

マヴィレット治療の4日目ぐらいから体の軽さを感じ始め、ど~んと重力に引っ張られるような重たい感覚がなくなりました。その後、頭痛が起こらなくなり、肌が荒れていたのが化粧品を変えてもいないのにきれいになり、更には日焼けしたようになっていた腕が、白くなりました。

肝臓は、どんなに悪くなっても、声を上げません。叫びません。
だから、体は無理が効きます。

体がよき状態になって初めて、肝臓が頑張り続けていたんだとわかりました。

 

2018年6月18日(月)。
まずはマヴィレットの服用の期間を終えました。

2018年9月26日(水)
主治医より「完治」というお言葉をいただけました!

▼こちらも読んでね!
C型肝炎治療日記

AD

最近はまっていること

  • WEBデザイン(HTMLタグを書くのが好き)
  • 国内旅行、散歩
  • 海外ドラマ
  • ノンアルコールワインとノンアルコールビール

もともと、WEBデザイナーであったこともあって、WEBデザインはとても好きです。
特別センスがあるとは思っていませんが、タグを書くのが好きです。

旅行は昔から大好きで、旅を計画するときから、わくわくしています。旅行好きのパートナーと、日本国内のあらゆるところを一緒に旅するのが夢。

手がけたお仕事

やうめいは、今までにいろんなお仕事をしました。まぁなかなか定まらず、、、。

テレビの撮影のお仕事や芸能マネージャーもしましたが、結局のところ執筆とWEBデザインが一番自分にはしっくりきていて、楽しんでできる仕事だと思っています。

今までに本を2冊手がけました。

執筆することはとても好きです。文章を書くということをいずれ仕事にしたいと思っていたので、このブログを書くことを決めたときには、なんだかわくわくとしました。少しずつ改修しながら、良いものをつくってゆきたいなと思っています。

 

テレビのお仕事やWEBのお仕事はとても実績が多いので、業務実績については、会社のホームページを見てください。

株式会社KIZUNA 業務実績

タイトルとURLをコピーしました